自主管理は甘くない。問題が起きた時、集団をどう統合するか?

こんにちは、東京設計室の岩井です。


類グループでは【るいネットhttp://www.rui.jp/

近代観念に代わる「新理論」を構築するためのサイトを運営しています。

ネット上の主な記事を網羅しつつ、新しい認識をプロではなく素人の手で生み出そう

という社会事業で、広く様々な方にご利用いただき、類社員も積極的に参加しています。


類設計室のメンバーは社会活動の一環として、毎週のネットサロンで追求し投稿すると

皆で決めています。

ところが今月のある週、部門社員の2割以上が投稿せず、という事態に。。。

理由はどうあれ、これは大きな「問題」です。皆で決めたことですから。

この「問題」を組織としてどう扱うべきか?

一般的には、該当者及び上司を呼び出して指導し、

次からこんなことがないようにと、反省と改善を求めるものですが、

それでは、意識は本質的に変わらない(主体性とは逆のやらされ意識)。

どうするか?


私が提起したのは、このようなことが起こるのは、なぜか?

(→組織活動軽視、自分くらいは・少しくらいはという勝手判断、劣化判断)、

そうした意識が蔓延すると、どうなるのか?

(→収束力の低下、体制統合の弱体化、敗北)、

それらを「集団をつくる」側の人間としてどう考えるのか?

(→危機感、当事者意識はあるのか)。

こうした視点をもとに各単位でミーティングを行い、社内ネットに投稿すること。

結果、ミーティングでは様々な視点からグループ追求が行われました。

・そもそも、るいネットを開設したのは、なぜか?(2001年のことです)

・どのような状況認識に基づき、どのような人々の期待に応えることを志しているのか?

・類グループが、現業だけでなく、組織活動、社会活動を大事にしているのは、なぜか?

・ネットサロンの運営で、どうすればもっと追求充足を高められるか?

・人々の意識潮流、新認識を求める欠乏はどのように顕在化しつつあるか?

・企業における認識競争、創造競争はどのようなものになるか?

・現業の設計課題、プロジェクト、クライアントの外圧と、どのようにつながっているのか?            

・これから求められる能力、追求姿勢はどのようなものか?


しっかり追求できたグループもあれば、不十分な議論で終わったグループもありました。

ですが、全てが社内ネットに投稿されることで、

各人の主体性、自主管理の精神は一歩前進させることができたと思います。


特に重要なポイントは、2点。

・これからの闘いは、新認識の追求なしに生き残れるほど甘くない。

 人々の期待に応えて本源社会を実現する、その志。

 設計をやるにも、未知なる世界の探求、個人を超えた集団創造力が必要。


・共同体を、共認形成の場を、社会を、つくる側の人間たれ。

 ぶら下がり、やらされ意識を引きずりながら、日々働く、

 生きるのは共同体ではない。        



企業を運営していれば、問題は多々起こります。集団をまとめるのは簡単ではない。

類グループは共同体、上から下への強制圧力ではなく、皆の共認で統合する組織です。

その意味では、成員一人一人の意識、発信、行動が生命線です。

つまり、

共同体はあるもの、与えられるものではなく、日々つくってゆくもの、仲間とつくるもの。

問題が起きた時こそ肝心で、都合の悪い現実を捨象せず、追求しなおし、共認形成しなおし、乗り越えることで、共同体の力、成員の実感は太くなってゆくし、その先に本物の充足があるはずだと確信しています。

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