「自分は大馬鹿者だった!」

先日、アルバイトの大学院生Aさんとおしゃべりしていたときのこと。ちょうどAさんと同世代の後輩(Bくん)の人材育成に悩んでいた私は、「Bくんは、成長したい意欲はあり話は真摯に聞いている様子なのだが、行動が変わらない。どうしたらいいかな?」と相談してみました。するとAさんは、「私も同じなので、気持ちはわかります!今、徐々に変わっている最中なんです!」と、自身の転換について語ってくれました。

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「私達は、世間一般で言う「ゆとり世代」なんです。学校での学習内容は削減されていたにも関わらず、成長圧力は高く感じていました。というのも、周囲の大人達から「ゆとり世代は使えない。今のままじゃ、日本はつぶれてしまう。だから、もっと自ら学ぶ意欲を高めて、成長しなさい。」と、言われ続けていたからです。その結果、何かあったら反射的に「成長しなければ。」という考えは浮かぶんですけど、それは強迫観念のようなもので、自らの主体性によるものではなかったと思うんです。


そんなある日母親から、「あれだけ私がアドバイスして、あなたは真剣にうんうんと聴いていたのに、結局行動が変わっていないということは、私の話はあなたにとってその程度のことだったのね。」と、心底悲しそうに言われました。適当に聞いているつもりは全くなかったのだけれど、自分の行動は相手を悲しい気持ちにさせるものだったんだって、初めて気が付きました。そして、母親がこう感じているということは、他の家族や友人、大学の先生やバイト先の方々等、普段関わっている人達にも同じように感じさせてしまっているのではないか。と、思い至ったんです。

だから、まずは、自分を大馬鹿者と認めるところからはじめました。人の話もまともに聞けない大馬鹿者。貪欲に成長しようと様々なものを吸収してきたつもりだった自分にとって、この自覚は屈辱的なものでした。だけど、自分は大馬鹿者だと心底思えたからこそ、行動を変えられたんです。具体的には、「必ずメモを取る」「自分の行動の記録を残す」と決めて、実行しました。起床時間や就寝時間、その日取り組んだこと。誰かに言われて印象的だったこと、指摘されたこと、アドバイス。全て記録に残すようにしました。


そうして自らの行動と周りの人の声を振り返るようになったら、自分の至らない点が客観的にみえるようになって「もっと役に立ちたい、成長したい」と主体的に思えるようになりました。成長すると言っても、独りよがりなスキル獲得では使い物にならないということも分かりました。そして、成長するということは、自分ひとりで出来ることではなく、日々周りの人の中で成長させてもらっているんだな、と、周りの人達のありがたみに気付くことができたんです。」

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