世間は「ミス」とは評価しない。「戦い(外圧)に鈍感」という烙印になる。

仕事にはミスがつき物。とりわけ若い社員は解らないことも多くミスも多いですね。しかし、その後歳を重ねるに従って、何時までたっても同じようなミスをする人間と、そうでない人間に大きく分かれていきます。

その違いは何だと思いますか?

先日こんな出来事がありました。若手社員が作成した行政への届出資料に、単純な名称間違いがありました。公開資料なのでその資料をマスコミが閲覧し、間違えた名称のまま新聞を発行。

その新聞をお客様が見て名称間違いが発覚しました。社会に対し誤解を与えないよう、届出資料だけでなく新聞社にも訂正記事の発行を依頼。

単純な名称間違いが、様々な労力を伴う事態にまで発展していきました。


“単純なミスをする人(会社)”という見方ではなく、“社会的な圧力に鈍感な人(会社)”という評価

社外に出る資料というのは、社会空間に対して発信される内容です。

ひとたび社会空間に発信されれば多方面に拡散し、単純間違いでは済まされないことにもつながります。故にお客様も社会空間に出る資料は神経を研ぎ澄まして日々対応しています。

従って、こういったミスは“単純なミスをする人(会社)”という見方ではなく、“社会的な圧力に鈍感な人(会社)”という見方になります。

自分が作成した資料が、社会に発信されたとき、どのような共認に発展していくか。ミスをしたとき、ここに気付いて視野を拡げていけるかが、その後の成長を左右します。

ミスをしたとき、「次はミスをしない!」と心に決めて自分の仕事の進め方だけを見ていても、実は何も変わりません。


皆が何を想い、何を期待しているのか。社会はどのように動いているのか。ここを掴めるようになると、周りから間違いを指摘されなくても、自ら間違いに気付けるようになります。

(大阪設計室 ディレクター 喜田 育樹)

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