【第7回】歴史を積み重ねた美しさを現代に遺す~京都国際マンガミュージアム~

45周年エピソードの第7回目は京都市にある「京都国際マンガミュージアム」を紹介します。

京都国際マンガミュージアムは「日本のマンガ文化を京都の中心から発信する」というコンセプトのもと弊社が行ったリノベーション物件で、国内でも先進的なリノベーションプロジェクトの一つです。

歴史を重ねた美しい外観を残しつつも、「マンガの博物館」としての新しい機能を融合したこの建物は、今でも地域の拠点として、そして国内外へ漫画の魅力を伝え、みんなに楽しんでマンガを読んでもらう場所として利用されています。


そんな京都国際マンガミュージアムの設計、そして追求の経緯を、当時設計を担当していた積ディレクターにお聞きしました。


【地元に愛され続けた小学校を、新しい「マンガの博物館」へ】


京都国際マンガミュージアムの建物はもともと龍池小学校という、町衆が私財を投じて創った、全国初の番組(学区)ごとに設けられた「番組小学校」の一つでした。

「地域のことは地域でやる」という自治の考えのもとつくられた龍池小学校は学校として使われなくなってからも地域活動の拠点として使い続けられていました。


地域コミュニティーの中心であるこの施設を使い続けていきたいという地元の人々の想い、小学校の統廃合が進み歴史ある番組小学校の跡地活用を模索していた京都市、
そして30年以上に渡ってマンガ文化の研究と教育に先駆けて取り組み、膨大に入手したマンガ本の活用を模索していた京都精華大学、

その三者の想いが結実し、リノベーションによって地域拠点である校舎を残しつつ、新しい「マンガの博物館」として生まれ変わることになったのです。


【先人に徹底的に同化することによって見えてきた建物の安全性能評価】


この建物のリノベーションにあたって最も大変だったのは、現行の基準で安全な建物であるかどうかを評価し証明することです。


明治2年(90年前…!)に建てられたRC造の校舎は柱梁一つとっても、インテリアと一体の十文字や多角形の形状のものばかりで、現行の規準には全く当てはまらず、安全性の評価の仕方がとても難しい建物でした。審査を行う機関も判断できないという状況の中、第三者機関の協力のもと、評価の仕方を徹底的に追求したそうです。

この建築が建てられた当時、RC造は最新の技術・工法でした。設計方法がまだ体系化されていない時代に設計された建物ということを踏まえ、弊社の設計担当者たちはRC建築物の構造設計の歴史をとことん追求し、その中で、先人たちの設計方法や意図に同化していきました。


その結果、設計者が安全だと考えたことがそのまま設計に反映されているということ、デザインが合理的な力の流れに基づいて決められており、柱や梁の一つ一つが意匠と構造の整合を意識して設計されていることが分かりました。また、それらの評価方法も少しづつ見えてくるようになりました。


そして、90年前に建てられたRC建築物でも、少し補強を行えば現行の規準上でも十分安全性を持っていることを証明することができ、建物の外観を大きく損ねることなく、歴史を重ねた美しい外観を残す計画とすることが出来たのです。


【地域の人々が「誇り」を持てる建築へ】


竣工から約10年、京都国際マンガミュージアムは訪れた国内外の人々だけではなく、地域コミュニティーの場として様々な人に愛され続けています。

そして、この施設とその活動は

・2008年(開館2年後)に『登録有形文化財』に指定

・博物館と図書館の両面からマンガ文化に貢献してきた活動が評価され、朝日新聞社主催の『第20回手塚治虫文化賞』の特別賞を受賞

と、評価されています。


当時は「マンガの博物館なんて」という反対の意見もあったそうですが、今では多くの人が、自分たちが歴史を塗り重ねてきた建物を使ってくれているということに「誇り」を持っています。自治会の集会やイベントも集会室やグラウンドで行われているそうです。


積み重ねられてきた歴史を活用しながら現代に遺していくリノベーション。


京都国際マンガミュージアムでは、デザインや仕上げなど意匠の保存だけにとどまらず、構造の分野においても先人たちが創り上げたものを適切に評価し、意匠と構造が一体となってこれまで塗り重ねてきた歴史をこれからも塗り重ねていく場所(建築)を創り上げています。私もこれから色々な設計に関わっていくことになると思いますが、そんな皆から愛される場所(建築)を創っていきたいと思いました♪


(大阪設計室 構造房1年 豊島麻由佳)

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