【第5回】最先端で戦う戦略拠点を創る~大田区産業プラザ「Pio」~

 45周年エピソードの第5回目は「大田区産業プラザ『Pio』(1995年竣工)」を紹介します。

デザイナーの佐藤賢志や監理の衛藤信義に設計時の想いや現場でのエピソードを聞きました。


大田区の産業をより活性化させるシンボルに!

高度な金属加工技術を持つ工場の集積する大田区。先端技術開発を支えている日本の産業全体の屋台骨となっています。

そんな大田区のものづくりの強みを更に高度化し、技術開発のネットワークを形勢していく拠点として大田区産業プラザは計画されました。

                           何度も塗り重ねられたスケッチ

産業技術の市場としての賑わい

エントランスの大庇吸い込まれて建物内に入ると、トップライトから降り注ぐ光に照らされて建物正面からは想像出来ない程の奥行きがあります。金属の均質で冷たい印象とは間逆で、リズムのある、圧倒的な空間が広がっていました。

アトリウム空間奥の上階から見下ろすと、情報コーナーやサロン等のボリュームごとの庇が重なり人々が行き交う様子は、ヒトやモノが集まる市場を連想させます。

                              光の降り注ぐアトリウム

                                 展示ホールの様子

ディテールにこだわり「CRAFT」(工芸品)を目指して

 当時の手書きスケッチの数々を見ると、一本一本の線から熱量が伝わってきます。1/100で作図しようとすると1.5メートル以上に伸びる長大な立面はA1の製図台に入りきらないほどの大きさになり、大きな製図台を購入したそうです。

 長手方向の外観には構造体のトラスがそのまま現れています。現場ではアルミパネルの目地や水切等のディテールで実際の素材で確認するために1/2のモックアップを作り、最後の最後までデザインの追求の手を止めることはなかったと言います。その追求力が細部に宿り、

機能とデザインが一体となった陰影豊かな「CRAFT」を実現させました。

                               ファサードのスケッチ

ものづくりを通しての場づくり

 施工当時、現場見学会を大々的に企画し、子どもたちや地域の方々に現場見学会を通してものづくりの仕組みや楽しさを発信し、2日間に百人もの人々が参加し、大盛況だったそうです。

大田区と建物をつくるだけでなく、建物を建てていく段階も記憶に残していこうという共同関係のもと、拠点となる建物をつくるだけでなく、ヒトやモノを繋ぐ場づくりを大田区産業プラザを拠点として体現したのです。

                                  現場見学の様子

大田区職員の名刺には現在も大田区産業プラザ『Pio』の外観写真が使用されています。また、20年経った今も尚、地元企業の組合と連携して発信の場をつくっており、展示ホールは日々ヒトとモノと情報が行き交っています。

 地域に何年も続けて愛される、このような施設をつくっていくことを目指して、これからも追求していきます。

                           (東京設計室 意匠房 土澤菜々)

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